先日、父親の法事があった。その際、来ていただいた方々にに持ち帰っていただく手土産を、あれやこれやと考えていた。お茶やのりの詰め合わせはいつもいただくが、あまりありがたいと思えないし、無難すぎて色気がない。そこで、デパートの地下街を徘徊してみた。色々ある。めがまわる程、沢山ある。もう絶望的で選ぶ意欲が失せてしまった。 その時、白い割ぽう着の制服を着て身を正し、正面を見据えている若い女と目が合った。一瞬、その女に笑顔が走った。俺はその笑顔に吸い寄せられるように、店のショーケースの前に立った。というより、その美しい笑顔の女の前に立った。胸がざわめき、高鳴った。気取られぬようショーケースを眺める振りをした。それが、俺に出来た精一杯の仕草であった。 そんな仕草を見透かしているかのように、「どうぞ、お試しください」と小さな皿に少しのロールと、少しの梅昆布茶が出された。あざやかな速さで、おれには事前に用意してあったかのように思えた。 そうだ、これは俺にだけの特別のサービスなのだと強く思い込んだ。 錯覚、思い違いを恐れていては、人は幸運にありつけない。俺はうやうやしく、そのやさしい笑顔に答えるべく、和三盆ロールを口に含んだ。うまかった。しかし言葉が出なかった。代わりに俺は、その美しい女の笑顔に向かって深くうなずいた。そのわずかな一瞬、きらめくような光が二人の間に走ったのを覚えた。 俺は、たちどころに、迷うことなく、和三盆ロール20本を注文した。 なぜ20本になったかのか、わからない。一瞬の光が、20本と言わせただけのことだ。 以来、叶匠壽庵の和三盆ロールは、その菓子としての甘美に加えて、とろけるような恋心をあおることになったのである。酒呑みを自負している俺に、甘味の果てしない世界を知らしめ、危険な恋に落ちようとしている。 俺はもう三盆ロールを止めることができない。
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