| いきなり、「俺のこと 憶えています？」 と言われたって・・・ どこの どなたか 皆目わからない。 近頃の記憶力に自信がないから、さてさて、と思いをめぐらす。 「２０年ぶりなんですよ。」 と、何のてらいもなく語る。 ２０年という歳月を何だと思っているのか。 世界は変わり、人の暮らしも変わり、心の有様も変わる。 「バサラも、大沢さんも 変わってないですねぇ」 などと あしらう その口調が気に入らぬ。 「そうとも、俺など 時代からも、世の中からも 取り残されちまった はぐれ者よ。」 と 思いっきりふてくされてやった。 「その意固地が変わってないんですよ」 と、たたみ込む。 俺は おだやかをよそおって 男を 見据えた。 なるほど 覚えのある顔だった。 ２０年という時間は、男の顔を容赦なく変えた。 深いシワ、皮膚の劣化。 何よりも頭部の劇的な変貌。 かって、男は 見目麗しい若い編集者であった。 かって と 今日を行きつ戻りつしながら、一体、この男に何事があったのだろうかと思った。 しかし、その失われた時の中味を知りたいとは、少しも考えなかった。 忌まわしい事柄が、その男の内側に隠されているように思えた。 そもそも、人は 通常の暮らしの中で、劇的な変貌はしないのである。 充分に予期できる範囲の中で、変わるだけなのである。 たとえ、失われた時があったとしても。 いきなり 「俺のこと 憶えてる？」 なんて 不躾な切り口上は お止めいただきたい。 ただでさえ、物覚えが劣化しているこの頃なのであるから。
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