春が来る前に

旧KDDを定年退職された西山さんは、いつもニコニコしながら、いつもの挨拶をする。
「どうかね! 婆娑羅の景気は・・・・」
「まあまあです」とか、「ぼちぼち」とか、「どうにかやってます」などと、当たり障りのない返答を西山さんにはしない。この人は文字通り、婆娑羅の景気状況に興味を抱いている。だから、俺もまっとうに返答する。

この1月と2月は過去3年の数字をはるかに下回った。
理由は何か。
寒さである。

暖冬と言われるようになって久しい。 だが、この冬は昨年の12月から厳しい寒波が押し寄せ、大雪を降らせた。寒さはいっこうに緩まないまま、1月2月と来た。
西山さんは「寒いと熱い燗酒が恋しくなるんじゃないの?」と説くが、それは違う。

寒い人は、本物のぬくもりに向かうのである。酒などという一過性のものなど当てにしない。
若くて元気だった頃、"酒"と"女"、と問われれば、たちどころに "俺は酒を選ぶ!" と気合を入れてすごんだ男達(俺もそうだが)、ぬくもりのある家や、やさしく柔らかい肌にしなだれたいのである。 寒さは、放蕩するエネルギーを男達から奪った。 それ故、酒場は活気を失い、矢鱈に女達が目立つようになる。

女が多く集まる呑み屋など、俺に言わせれば酒場などではない。
だからと言って、スメイカをつまみに、チビチビ酒を飲む悲惨も嫌だ。

寒い北風を肩で切って「よっ!」と言って入ってくる男達よ、「俺は待ってるぜ!」である。

そして、春が来る前に放蕩するエネルギーを回復するのだ。


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