この秋の イカは姿、大きさが よろしい。 当然 イカのワタも豊かで 色つやがよい。 また 秋のサバにも それを感じる。 腹まわりが太く あぶらののりがよい。 シメサバには 関サバなど高価なものを 使う必要はない。 近海の上物でことたりる。 イカワタの美しいカタマリを包むたびに 過ぎし日、去りし日の ある人を回想する。 高橋というその人は ことのほか 婆娑羅の イカワタ焼きと シメサバを いとおしく 好んで食べてくれた。 しかし 人間の肉体と命というものが 時には はかなく うつろいやすく うたかたの夢のように 去ってしまう。 高橋という その人は いまいましい程に頑強な肉体 強靭な精神に 恵まれていた。 だから、好物に対する執着も 人の何倍も 強かった。 くわえて 己の肉体への 自信と過信。 節を もって シメサバとイカワタに 立ち向かえばよかったのに 節をこえてしまった。 暑さが去り 秋の酒は うまい。 だが 高橋さんは いない。 秋の虫の音とともに 声もなく聞こえてくるツブヤキ。 「好に おぼれるなよ、 わずかを 楽しめばよい。」 と 料理には いろいろな人の顔が浮かび、同時に 様々な 出来事がついてまわる。 今宵も うまい うまい シメサバとイカワタを つくろう。 般若波羅蜜多心経 |