糠漬けから沢庵漬に及ぶ季節

 本格的な冬なのに寒さがなくて干大根がいつもの年にくらべて中々水分がぬけない。 イチョウ、カエデ、モミジなどの広葉樹がザワザワと風に吹かれすっかり裸になった頃いい具合の干大根になる。 今年はそれが少しばかりおくれて十二月も半ばになってしまった。 干大根がいい具合に水気がぬけて漬けられる頃は十一月の末であったのに。 今日この頃は十二月も半ばなのである。 温暖化の証明はここでも明白である。

 二週間ほど吊るされた大根は半分くらいに細く、ちぢこまって漬け樽の中に納める。 大根の質量に対して約5%の塩を糠にまぜる。 あとは昆布、唐がらしを少々、そしてずっしりと重い石を上からどーんとおくだけだ。 人間の知恵などいらない。 重力と糠と塩が冬の寒さの中でしばしの時をすごす。 小手先のワザはない。 時節到来それだけ。 よく漬け上がった沢庵はカリカリと心地よく噛みくだきたい。 健全な歯のありがたみを存分に楽しみましょう。

 大ざっぱな沢庵漬の次なるは糠漬であります。
 ほぼ50年前、隅田川沿いにある前川といううなぎ屋さんでぜい沢しました。 うなぎがうまいは当然なのであります。 コース料理、次から次へと色々な料理がありました。 二十代の若僧は礼、所作もわきまえず次々と飽食。 そして、ぬかづけの番がやって来て感嘆したのでありました。 夏のことでしたから、きゅうりとなすの組合せでありました。 うなぎを食するとぬか漬、ごはんを食するとぬか漬、汁物を呑むとぬか漬、といっては又ぬか漬、それ程に前川うなぎ店のぬか漬はすばらしい味わいなのです。 おかわりしたぬか漬をはこんで来てくれた女の人が説明してくれました。
 「これは先代のオバアちゃんがつけているんです。 オバアちゃん以外、誰れもぬか床をさわってはいけないことになっているんです。」
 
 俺は納得した。 その、ぬか漬、そのぬか床のありかたが、どうやら自分の母親がほどこし、めんどうを見ている糠床ににているのである。 糠床はみんなでよってたかってめんどうみるものではなくて、ひとりで、そのひとりの人間だけでかもし出す小宇宙なのだ。
 だから、塩と糠という大原則はあるが、その他のことは作る人の心と知恵なのです。
 俺は毎日、ひとつまみ糠床のヌカを口に入れてゆっくり味わっています。 そのおいしいヌカの味わいが、そのまま漬物の味になるのです。 不愉快な味、不愉快なにおい、それもおつき合いの仕方で変質するのです。 それほどに生命力と不可思議をヌカドコはイトナンデいるということです。

 塩と糠のワンダフルワールドなのですが、そこに忘れてはならないのは、漬物を食べてくれる人間がいるということ。 “おいしい” といってくれる人がいるからこそのたまものなのです。 孤軍奮闘の方もゆったりと戦って下さい。


                  2023.12.24 バサラ
                         大澤 伸雄

     年末 12月30日まで

     年始 1月9日から営業です。


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