老人 ダイナミック散歩

 何にかしなければいけないなーとおぼろげに思っているのに、朝からボォーとしている秋の休日。 そうだ、今日はお彼岸だったのだ。 親孝行が苦手でもお彼岸のお墓参りぐらいは欠かしたくない。 そうか、どうも足がうずいて落着かないのは墓に対する不義理ということか。 墓の掃除用具をととのえて自転車にまたがり疾走だ。 夕方もまじかになりいくらか日の落ちて墓地はうすぐらい。 墓地の静寂をたっぷり吸い込んで清めの水をまく。 花をそえる。 草をむしる。 墓石を洗う。 線香をたく。 一連の作業をさっさと片付けるとあたりは暗くなっている。 「ああよかったな!」 忘れずに墓参りを済ませたことに安堵してしみじみの心で深く会釈。 さて、次なる目的を。

 多摩墓地の西側に斎藤病院という古い大きな病院がある。 楡家の人々という北杜夫さんの小説のモデルになったところという。
でも、話は良からぬ方向へと行く。 その病院のまた西側に少しばかり行ったところに家族で営んでいるうまいうまい古びた店の中華料理屋がある。 墓参りのついでには必ず立ち寄ることにしている。 どちらが大切な目的かといわれると言葉にきゅうするが。

 墓参り、中華料理、あたたまる紹興酒、クラプトン大好きなご主人の所作、ここにも音楽のほのかな響きがただよっていた。 秋の夜長、老人はそこから吉祥寺のとある方面へと向う。 なぜなら、中華屋さんの店の片隅にクラプトンが鳴らしているギターと同じものがあった。 その奇妙な取り合せにさそわれて、クラプトン、中華料理、そしてギターつまびくブルース。

 次の方面はキノクニヤというスーパーがある方へ、そのあたりに色々とたのしみがかさなって散歩のようにそぞろ歩く。 さて今日はボサボサにみっともないかみの毛をととのえてもらおうと、久我美容室にやって来た。 美容室は女の方々だけのところもあるだろうが、ここは男女同等の店だ。 店のひかえめなインテリアはゆるやかで地味だから子供にだって受ける。 一世紀前のブリキ玩具が少々、ハバをきかしているのはオーナー久我さんの好みのたまもの。 それよりも、何によりも音楽だ。 はじめてお世話になった時に、店内にやわらかな音量でボブ・ディランが歌っていらしたのです。 「あれ、まあ! こんなサービスもう感激で、涙であります。」 「先日、ディランのコンサートに行って来たばかりです。」 というわけで以来、音楽を聴きに行く美容室となりました。 酒、山のぼり、ブルース、と話しは色々転がって行きますが、久我さんの上品な口調と立ち振る舞いに「人を見て己れをかえりみよ」 を突きつけられました。 ヘアーは上品になってるよ! でも人間は少しも変っちゃいないと皮肉られる。 やさしく上品な久我美容室を出る左に歩くこと10m、ハバナムーンの小さい頑強とびらをおす。

 長いカウンター。 どうだと言わんばかりに店の奥までのびている。 カザリ物なし。 インテリアなし。 店内を支配しているのは男ひとり、あとレコードがびっしりと並ぶ。 その上に2台の古いダイヤトーンスピーカーがドッシリと君臨する。 これ以外に何にが欲しいのかとつめよられたら、「ハイ、酒だけですネ!」 と述べる。

 たいがいの日曜日のたそがれ時、酒と音楽に引きよせられてハバナムーンをめざす。 高貴なぜいたくが ここにはある。 店に気づかいしない、店主の純朴をながめながら酒とサカナを注文すると
 うまいアツカンと ほどよい量のアツアゲ焼の小皿が来る。 やがてレコードがまわりはじめるとニールヤングが登場する。 そんなヤツ知らない。 それでよいのですが、個人的にはとてもうれしくなるのです。 彼はもう80才近いロックの音楽をやり続けている人とでも申し上げておきましょう。 少々かたよった音楽好きの人にはワクワクといった人だと思われます。 そして、この店にはそのいにしえのレコードが大量に保管され、大事にあつかわれ、我等のようなかたよりヘンクツ派にはたまらぬ店ということなのです。

 美容室とレコード酒場は親戚かというと全くそんなことではなく偶然に近所だっただけのこと。 我等にとっては便利この上ないということです。 便利ついでにもう一ヵ所と思いたったのに方向が少しちがった。 次なるは南へカジ取るか。 老人の散歩は縁の流れ。 どこへ行くやら わからぬが縁。

                      2023.10.9
                       大澤 伸雄

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