ボブ・ディラン 風に吹かれて

 そのコンサート会場はどこにあるのですか。
トヨスの市場のほう。 有明のテニスの森公園のほう。 臨海鉄道ゆりかもめ知ってるでしょ? と言われても全く未経験の場所なのです。 有明はテニスを見に行ったことがあったけれどダテキミコさんの頃のことだ。 さて無事に着くことができるかワクワクの冒険だ。

 4月16日、ディランを追いかけてゆりかもめに乗る。 開演時間は5時となっているが用心にこしたことはない、有明の駅には3時半に到着していた。 俺のような不安をかかえた老人がちらほらながめられて大いに安心した。 スマホ、杖を手ばなせない人もいて、さあーたいへんだ。 有明は見事に未来の都市空間に変ボウをとげていて、行ったことも見たこともない、ボブ・ディランのブルースには不似合なあたりの風景なのです。 軽快なポップの唄が流れるような街の明るさ。 明るい色彩のスポーツカーが走りぬける広々とした湾岸道路が続く。 そう、ボブ・ディランはどんな所でも唄うのです。 よいコンサートホールさえあれば、そこで、力いっぱい魂のかぎりをこめて歌いまくるのです。 その夜もそうでありました。

 一言の前ふりの言葉もなく、いきなり始ったその曲
 「トラッキン」 という曲は グレイトフル・デッドの曲、ディランがコンサートで唄うのは初めてであるとの事。 このメモ書きは菅野ヘッケルさんというボブ・ディランファン第一人者の方のメモをそっといただけたものですが。 他にも色々知ることができてたいへんありがたいメモでありました。

 その夜、演奏されたすべての曲にこまやかで切れ味のよい解説と逸話がそえられていて、思いがけないうれしい宝物をいただきました。
 重厚でゆるぎない声が響きわたる。 50年、60年と歌い続けて来た者の自信と自負。 偉大だなあと、単純に感動して目があつくなる。 苦労して電車をのりついで来て、よかったなあと再び体がふるえた。

 「2曲目 我が道を行く」 1966年 ゆるぎない心、きみはきみの道 僕は僕の道を だれかがたおれても・・・・。

 失礼千万!
 このような言葉なら俺にだって手持ちがあるぞ。 が、これを歌いメロディーをつけて語り口調に歌い上げて美しい楽曲に仕上げるのです。 ああそこにこそボブ・ディランで力わざがあるのです。

 東京公演の最終日のその日を 菅野ヘッケルさんの解説をいただきながら読み返してみたら、どこにも「ミスタータンブリンマン」 も 「ライカ、ローリングストーン」 も 「風に吹かれて」 もない。 ヒットソングで観客を引きつけ魅了するサービスが全くない。 「俺がいまやっている音楽、俺のいまある魂の息吹を、ディランは存分にうたい上げたのでした。 ヒット曲を心待ちしていたのにはかなくも打ちくだかれてしまいました。 そんなこと、はじめっからおおよそのけんとうはしていたから、 「やっぱりか!」 ですましたが、俺の前列にいらっしゃって仲良く肩組みあってディランに酔い痴れていたカップルは無念の心のうちを相当力強く表現していらした。

 「あなたが言ってたヒット曲なんて一曲もやらないじゃない! 噓つき! 私、仕事あるから、もう帰っていいでしょ!」 「何言ってるんだよ!」 「今夜は、ずぅーっと俺と一緒につき合うって言っただろ! 気分なおして、最後まで付き合ってよ!」 「そのうち、が最後のアンコールで風に吹かれて は必ず歌うからさ!」

 「もし、歌わなかったらホテルに帰ったらベッドで俺が歌ってやるからよー」
なるほどねぇー。 このようなカップルも観客の中にはいらっしゃるということなのです。 しかし、この夜、ボブ・ディランはかたくなに、自然に、心の中の自分を歌い上げ、老いてもなお、力強く歌い続けたのです。 風に吹かれてよりも、もっと美しく、力強いその曲は
 「エブリィ・グレイン・オブ・サンド」 という曲でした。 又、いつか来るかも知れぬこの有明あたり。 ディランの歌声がこだましてゆりかもめが走る。 次なるは老いて尚、力強く ディランが歌う。

   ヒット曲、風に吹かれて!

 俺も、前列に座っているカップルも、大勢のディラン ファンみんなで大合唱だ。

      “Blowin in the wind”

2023.5.末日  

大澤 伸雄


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