From 愛媛 三鷹バサラ

 「私、四国とある地方の町に生まれ、その土地から離れることなくすべての生活、暮しが押し込められたのではなく、すんなりといい按配に用意されたかのように心地がよい。 だから、事さらエネルギーをしぼり出して暮しを変えようなんて考えませんでした。 年老いた両親は健在、私は地方都市の役所で無難に仕事をこなし、多少の諍いに心がきしむけれど、それは人、誰にだってある気苦労です。 そんなことに泣き事言ってたら職業女子になれない。 それに、長く修練してきた合気道が無駄というものだ。 静かなる気合の私!

 明日、道場の稽古のあとどうしよう。 予定全くなし。 私はこのタコの糸が切れた完全無欠の解放が大好きです。 小さな自由と広大な自由が私の小さな体をゆすぶっている。 と同時にテレビの画面に一人の初老の男の人が映っている。

 「おいしい酒、おいしいシメサバ、幸せなひとときです。」 とつぶやいている。 まあ、何んて品のいい方、でも店の雰囲気が少しわびしい。 逆にそそられるはなやかさがない。 でも落ち着いている。 こんな店四国にない。 東京の三鷹という所。 遠い! でも店の人の地味がいただける。 大田和彦さんのハイセンスに太刀打ちできてないのがいいかも知れない。 女の子が焼物をやいているという。 ああ、これで決まりだ。 糸の切れたタコの私は明日、東京の三鷹にバサラという店めざして行くことを決めました。

 大田和彦さんの足跡をたどる。 酔狂と言われても、その場に行けば自分のいだく想いとは合いれぬ事があるはず。 私の暮しは殆そ予定調和だから! よし行ってみましょう。

 東京、三鷹という所 はじめて降り立った。 バサラという店もすぐにわかった。 店の前に立った時、少しだけ胸が高まった。 大田和彦さんがいるわけもないとわかっていても、店の中をさぐっているような後ろめたさがあった。

 でも、私はお客さんのひとりだ。 四国からわざわざやって来た、もの好きな女の客だなんて誰も知らない。 私は道ばたの草花、路傍の石、散歩好きの少しだけ奇妙な女、でも意外だったのは店の中に女のお客さんが多かったこと。 奇妙な女の私は焼場に立つ女の人の案内ですぐに席につくことができた。 座ったとたん、心が安らぎ 「とうとう目的の店に来たゾ。 めざしたバサラに来たゾ!」 を念じた。

 そこは、思った通りに私の心をつかまえてくれた。 ひとり無口でいても、私を疎外するような風情はない。 むしろ、その同じ世代と思える焼場のヒトからの言葉はゆるやかで安心があるものでした。 だから言われもしないのに自分から 「私、四国から来たんです。 大田和彦さんのテレビを見て!」

 始め私の心の中に挑む気持ちがあったのにその堅苦しさを脱ぎはらい、いつの間にか、常連客のようなゆったり気分な振る舞いが出来ていたのです。 全く夢心地、やっぱり現地に参入は大成功であったのです。 格別に大田和彦さんが大好きということはないのですが、婆娑羅というお店の素朴な雰囲気にさそわれました。 大田さんがいただいていたのと同じメニューを選びました。 私はそこを入口にして再びのバサラを挑んでみようと思っています。 きっと、異なる世界の始りに出くわすやも知れないから。

2023.4.9
大澤 伸雄

追伸
 この手紙はエヒメに戻ってから書いています。 三鷹の婆娑羅におじゃました時間は1時間半ばかりでした。 初体験の私としては充分の頃合でした。 その時間の中で私をかこんでくれた人達の笑顔と言葉がたっぷりとよみがえってきます。 居心地のよいバサラだからこそ不必要に長居するのはと思いました。
 そして立ち上がったと同時に私の大好きな音楽が流れていたのです。 「ブルーハーツの雨上り」 何んという素てきなぐうぜん。 四国への帰路の間 「雨上り」 はずぅーと 頭の片隅で鳴り続けました。 誤解と思い上がりかも知れませんが私はバサラに行って本当によかったです。 幸福な気分の共有ができました。 バサラの人達ありがとうございました。 名前の知らない焼台の女の人、ありがとうございました。 バサラにはメルヘンの入口がありました。

2023.4.ある日

                      四国エヒメより
                    


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