女房と俺のバサラ記念日

 11月23日 祭日 “雨” 又しても雨そぼふるの休日だ。(雨おとこ)

 「さあ、出かけるわよー。」 の気合のこもった女房のひと声で出発だぁ。 行く先、目指すは日比谷公園の方とだけ聞かされていたから、「うむ、雨の日比谷公園そうそう体験できるものではないぞ、少しばかり無理のある言いきかせをしながら向った。 女房といえばうれしそうに、気まぐれに、さっさと歩いている。

 有楽町駅を降りると西方向にスラ―とした高層ビルが目に入って来る。 「あーこれか。 新しい帝国ホテルのタワーというのは!」 首が痛くなる程にグイっと力を入れて見上げている。 そのワキに立っている女房が「ここが有楽座だったところよ。 ここが名画をよくやっていたみゆき座よねぇー、などと道案内係みたいにひとり活躍している。 宝塚の大劇場と日生劇場が見える。 その道路のはるか向うが雨にぬれた日比谷公園なのである。 が、そちらの方向には目もくれず、スタコラ、さっさと帝国ホテルの中へと行ってしまう。 あたりはすべて高級なブランドの名前が行列している。

 ワァー、これがシャネルか、イブ・サン・ローランか はたまた、エルメスだ、ルイ・ヴィトンだ。

 普段、ユニクロと無印良品、それにイトーヨーカ堂に占有されている我が暮らしとしてはめったに近寄れない物品ばかりだ。 もう眼を皿のようにして見まくるしかない。 ブランド品の美しさ、ブランド品の価格、ブランド品のデザイン、などなど ここには買物をする人々の栄光と快楽がたっぷり用意されている。 良い物は良いのであるという当り前があって、そして高価であるということ。
 「よく頑張って優勝しました。 これは自分への御褒美です。」 と言って宝石や高級腕時計を身につけたりするのは人類の慣わしだ。 どんなに苦境におち入ったって、この宝があれば大丈夫なのだと言い聞かせる。 そうだ、よって立つところの物なのです。

 祭日のホテルのロビーは着飾った老若男女の品評会だ。 元気にかっ歩している人々。 やや足元のゆるぎみな人々。 そして遠目でもすぐに高級な腕時計だとわかってしまうお金持ちそうな人々。 百花満開のロビーにひときわ目立ったのは何百本もの真紅のバラで作り上げた巨大なブーケだ。 帝国ホテルにふさわしく美しく華やかで 「ようこそ我ホテルに」 と迎えられて、俺、ためらいがちに 「ハイ」 とだけつぶやいた。 ここは派手でよい。 そのための帝国ホテルなのだ。

 地味な暮し、地味な経済、地味な欲望が身についている我が身としては、いくら銀座に出かけて来たと言っても、いきなり都会人になれるわけではない。
 「何にが、よろしいですか。」 女房のウスウスの魂胆を感じながらもそのレストランとは逆方向へと雨の銀座を歩きはじめた。

 だいぶ昔から、この三州屋には来ているから、何にからはじめて、何にをたのしんで、しまいには何にでしめるか。 そして、何によりも女房がこの店の味を熟知している。
 特にアジフライだ。
 しかし、23日は市場が休みのために良いアジがなく、せっかくのアジフライは中止となった。 いっぱいのメニューが店中の壁のアチコチにはりつけられている。 ねらった品がなくたって、代りのものがいっぱいある。 俺達は黒ムツの煮つけとノドグロの焼きものにした。
 主役はこの二品だが、ホタテのフライのやわらかくふっくらした味わい、肉どうふのゼイタクな内容、それに加えて皿のワキにそえられたパセリの山盛は甘い辛い塩っぱいなどの味のかたよりを修正してくれるよい食材であった。
 大きな皿のノドグロを我等ふたりは完膚なきまでに食べつくし、おはこびの女性達から讃辞のことばをいただいた。 「よっ!美しき食べっぷり。」 と。 どことなく粋な芸者さんの仕事の所作を感じさせる人たちが働いているのも我らがこの店を好きな理由の一つだ。

 華やかと力技を帝国ホテルでいっぱい吸い込み、70年変らぬ食の味を堪能し粋な酒をのむ。 これがバサラ40年記念日の一日でした。


                   12月29日が
                2022年の最終日です。
                      
                       大澤 伸雄

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