豪傑 トランプ様

 古代中国の歴史書の中に五帝の話があった。 帝とはすぐれた人間であり天子であり、徳をつとめ、あまねく人々からあがめられ五人の帝は世界の中心にあり、真善美をかねそなえたうるわしの人とあった。

 だが、すぐれた帝ばかりが国を治めるのではない。 それが歴史の流れというものだ。 真善美をかねそなえたる帝の背後をじっとにらみつけ、隙あらば毒矢を打つものが必ずやひそんでいる。 不埒で不徳で、平然と悪を行う者。 時は古代、「段」 そこに悪王の 「紂」 が登場する。 悪王たる者は知たけて舌鋒するどく、周囲を常にあざけり罵倒してはばからない。 肉体は強健にしてケダモノを素手でたたきつぶすほどとあった。 派手にふるまい、酒を好み、淫らに遊び、酒池肉林のかぎりをつくした王であったと。

 その王をいさめる者を次々とくちくし、さつりくし、自らがまねいた火炎の中に飛び込んで死にいたるまで帝 「紂」 ちゅうの悪政はつづいた。 しかし、帝であった限り心は国を司どる人間であった。 古代中国の歴史上の人物であるのにどっかで聞いたことのある話ではないか。
 いや、いつの時代にも英雄、豪傑はいるものだ。 そういう者に大いにあこがれる心はいつも、何才になってもある。 人は常識というありそうで明確ではない感覚で毎日を生きていると、時折りその不明瞭な約束をへしおってやるかとあぶない衝動にかりたてられる。

 そこにコブシをふり上げて
 「勇者たれ、立上がれ、ともにたたかおう!」 なんて強気を言われると、冴えない常識と冴えない日常に日々過ごしている自分としては 「何にかをなすべきだなぁ」 なんてことになって日の丸をふりまわしてみる。 たったそれだけでも冴えない日常と決別した気分になるのだ。 そこに、英雄、豪傑らしきふるまいの人間が登場するとなると 「冴えない気分が一気に救われたぜぇ」 だ。

 そうなるとしめたものだ。 トランプと冴えない隠れトランプは熱烈に心をひとつにして一気呵成に政治人間へと飛躍するのだ。
 「俺ってけっこういけてるねぇ」
 「経済とか、民族とか、人権問題とか、そうだ! 性的マイノリティの連中のことも問題だな、そして最重要事項は人種だ!」
 「人間には優劣があるのだ」
 「トランプは言わない。 だから俺達が代弁してやる。」
 「アメリカは白人の国家だ。」
 「南北戦争に進路をとれ!」 などなど、いくらでも言える。
 「ああ、この気分なのだ。 俺は増々、高ようしていく。」
 「赤色の帽子が目じるしだ。」
 「星条旗を身にまとえ! これこそが連帯のムシロ旗だ。」 そこに登場したのがライフルやピストルをケイタイしている連中だ。 武器で人をおどし、異をとなえる者をおびやかし屈服させる。 黒づくめの武装集団にむかって王様トランプが一声 「ファイト!」 といったら事態は直視できない光景にイッペンしただろう。

 今日このごろ世界のいたるとろころにファシズム的光景が見られる。 悪玉の指導者もいれば善玉の指導者もある。 アメリカのような長い時間をかけて造り上げてきた民主国家の体制が制度がそんなに簡単にはくずれないと思うが、トランプの天才、豪傑ぶりをながめていると、「往生ぎわが悪い、みぐるしい」 なんて当り前の気分でいるとだんだん心がしぼんで暗くなってしまう。

 選挙制度という国家の根幹をぶちこわし、堂々たる口調でそれをゆがめる。 国家元首としての品格を思いいたらないの。 あなた様を支え力強い政治力を発揮できたのに沢山の側近を切ってしまった。 その、抑制、自制できない強い個性に人々は辟易しているのです。 英雄、豪傑を身近に感じ、ともに暮した経験はないので、唯思う。 英雄、豪傑の最後の多くは悲劇なのです。

 どうか、こんなヨタ話がほんとうになりませんように国家の平穏無事を早くに実現していただきたいです。 すでに、あなた様は歴史に名を残す大人物であるのです。


                      2020.11.15
                       大澤 伸雄

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