8月16日土曜日、夕方から雨。 店は沢山のお客さんがいた。男3人がやって来た。はじめての客であった。入って来た瞬間に嫌な奴だと思った。いかさま、ぺてん野郎の面である。具体的にあらわすことはしない。 よく飲み、よく食べる、そこまではよいが、いよいよヘンチョウをきたしてきたなと思ったのは矢鱈と店への注文がおおくなる。『どこそこのこんな酒を置けよ、』 『そんな酒にはこんな料理がいい。』 などと勝手を口にしゃがる。今日はじめて来た客がそんな勝手を言ってはならぬし、そんな無作法を許す店ではない。と慎ましく申しあげた。だいいち、客がこんな酒がのみたいから置いといてよ、と言ってこちらが従順に用意しておく。従って、その客は来ないのが婆娑羅20余年の大原則である。でも、仕事であるから、しばらくはそのヨタ者等の相手をする。自分の我儘をとうそうとするが、やがてそれが無理とわかると今度は、この俺様にむかっての個人攻撃である。 エスプリのきいていない露骨な誹謗だから聞き苦しい、見苦しい。ほかの二人はといえば、へらへらと笑ってうなずいている。 もしかして、こいつら無銭飲食かという思いが頭をよぎる。 かっての経験である。 さて、ここからが腕のみせどころである。低調に低調に、エレガントに、そして迅速に。 会計をしずかにすましてから、釣銭をカウンター越しにわたさず、それを手に握っておもむろにそのヨタ者に近ずく。 そして、ヨタの耳元で囁くように言うのである。 『また会うとき、気分よく飲めるように 今日はすみやかに立ち上がりましょう。』 ヨタの腕に手をさしこんでそのまま店の外までいっきにつれだした。 ところが、このヨタ、別れ際に、このオレサマの脇腹に傘の先を向けてきたときはスリリングでした。 本当に、久しぶりの文字どうりの酔客でした。 |