わざわいのコロナU

 三鷹駅近くの三平ストアーだ。
 「イラッシャイマセ!イラッシャイマセ!ヤスイよ!ヤスイよ! イッパイカッテよ イッパイカッテよ」
 「ロックダウンか、イリョウホウカイか、イリョウホウカイか、ロックダウンか!」
ありったけの元気で店内アナウンスが炸裂だ。

 店内は白いマスクの客が無言で、実に静かな買物風景なのに、アナウンスばかりがひとり元気だ。 この奇妙なちぐはぐが、せまり、おそい来ている不気味な災厄とのつき合い方だ。 ロックダウン、イリョウホウカイの情報や光景を知るたび見るたびに、なすすべもなく恐怖ばかりが心にひろがっていく。 現象 姿・形、荒れ狂う情景が見える方がいい。 身をかまえる。 心がじゅんびをしてくれる。
コロナを前にして、白いマスクと無言だけで対じするばかりだ。 感染の有無の分岐点がない。 クジを引かなくたって当ってしまうクジなんてあるのか! そうさ、このコロナってやつがクジなのさ。 悪魔のささやきが風にのっかって、生きる者に不可欠の大気中の空気に入り交じって人間を次から次へと侵蝕していく。

 3月31日の朝、ニュースはニューヨークの最前線の病院で戦っている女医さんを映し出した。
 「世界でもっとも素晴らしい国、世界で一番の都市ニューヨーク、なのにこの街は破壊され、次から次へとコロナに倒れ、なくなっている。 私達の病院はすでに機能不全。 患者達を助けることがもはや出来ない。 そればかりか、私自身が自分の命を守ることができない!」
 その泣き叫ぶばかりの女医さんを見たとき、商売を休もうと決意した。 世界中の色々な都市が封鎖されているふるえるような光景、生活という連続が断たれ未来がもぎ取られる。 休業の決意と同時に絶望的な支払いの金額が次々と頭の中でかけめぐり、「ああー、やっていけねぇー。 自分が感染しないことだ! 未来を見すえるは俺の債務だ! 老いにさしかかっている己れの肉体が一番あぶねぇだろ。」 色々な自問自答の後から、妻の冷ややかな声がひびいた。 「何んとかなるわよ。」 だった。

 翌日、俺は銀行の相談窓口にいた。 そしたら相談係の田中君がいきなり「マスクをして下さい」 まっさらな白いマスクをさし出してきた。
 「融資よりマスクの方が重要なのです。 大澤さん無防備ですよ。」
 「銀行は何によりも、その人間の生活習慣がきちんとなされているかを見ます。」 と若き自分の息子と同じような青年、田中君にさとされながら、俺は「ハイ」 「ハイ」 と、いちおう真面目に耳をかたむけていた。 とにかく未来を見ることだから、と自分に言い聞かせた。

 休業に入ってから時間はたっぷりだ。 朝七時に起床して、家の回りのそうじや草むしりをする。 朝のコーヒーをゆっくりあじわう。 時間はたっぷりだ。 コロナウイルス情報をしっかり見ておく。 無駄な外出をするなと言われても人間の本能はあたりを歩き回るようになっている。 三平ストアーにも行ってみたくなる。 白いマスクの買物客が静かに野菜や肉類などを買っている。
 「イラッシャイマセ、ヤスイよ、ヤスイよ、ロックダウンだよ、イリョウホウカイだよ、ジャンジャン買ってよ!」 あいかわらず店内アナウンスだけは元気いっぱいだ。

 庶民の底力は、どんな危機にあろうとも 「イラッシャイマセ」 的、軽快な息づかいがいい。 そのたのもしさが婆娑羅なのだ。 ひたすらに祈のり、静かにあたりを散歩するばかり。

                      2020.4.9
                       大澤 伸雄

                    4月末日まで休みます。

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