清く、正しく、美しく、清貧の思想をうまくまとめあげた流れるような言葉だが、俺は好きではない。 どうにも肩に力が入っていて、まじめすぎていて、スキがないのがいけない。 かと言って、だらしなくいいかげんにあんまり努力しないでは人様からの信用を受けることはできない。 のんきに気分だけで商売をしていてはたちどころに廃業だ。 人からはあんまり真剣に物事を考えてないボンクラとよく言われるけど、ボンクラあたまで実は色々と試行錯誤しているんだ。 これはあんまりおもてに見せてはいけない。 わからないようにわからないところでヒミツにやるから発見や成功のよろこびがあるんだ。 先日、ある雑誌社のインタビューを受けた。 「長く商売を続けていく秘訣ってなんですか。」 大会社の社長さんなら「うーん、そうですなあ、いつも世界の経済情勢にすばやく対応して、社員の幸福を思い、社会への貢献を常に想い、この理念を忘れないことです。」 と答えたいところだが、小さな酒場をやっている男にそんな大言壮語はウソつけと言うことになる。 だから「うーん、運がいいだけです。」 と言っておいた。 「でも、インターネットの評判がずいぶん高くて、人気店になっていますよ。」 「はい、ありがたいことです。 あんまり目先の事に右往左往しなで大いなるマンネリ世界を生きることです。」 「大量生産的、大量消費的な考えをやめて己の貧困にくじけないことです。」 「常日頃の自己啓発も。」 自分の言っていることがはずかしく、ああムジュンしているなあと思いつつも、雑誌社の人は好意的に受け取っていた。 でも、ヒミツ的、ブンカ的、そこに何にやら密教的をさぐりたかったのかなあと。 なんてったって店の名前を「婆娑羅」なんてしてしまったものだから、宗教的な香りをかぎつけたいのかも知れぬ。 悠久なる大河ガンジスの流れからかもしだされた言葉だからなあー。 インド帰り旅好きの青年も多い。 素朴でエネルギッシュな青年だから好感がもてる。 放浪者は色々の国々、色々な世界を体験しているからいつも心を開いていて自然体の所作が良い。 にこやかでゆったりと酔いに身をまかせている。 心身ともに解放されているのがうれしい。 そしたら、たった今、気の良い放浪青年のとなりに何にやら律儀で顔つきの妙に暗い、やわらかさの欠けた男が座った。 はっきりした明暗のとりあわせが不思議だ。 独白始まる。 「ここがバサラか。 地味で暗いな。 顔に笑顔がない。 俺に笑顔がないから他人の顔つきには厳しい。 食べログ3.5という味を嚙みくだいてやる。 俺は日本酒はのまない。 ホッピーだけだ。 安くて済むからこいつが一番ふさわしい。 サバ、モツ焼、ポテトサラダ、ヌカヅケ、ああちくしょう、どれもこれもスキがねぇなあ。 となりの男たのしそうだな、本当は俺もたのしく、うまく酒がのみたいのに、どうしても料理、店の雰囲気にケチつけたくなって幸福の波にのれねぇ。 いけねぇ性格って自分じゃどうすることもできねぇ。 人の中にいると心がどんどんこわばって意地悪ぽくなっちゃうんだ。 こんな店だって一生懸命働いて店の味を作り、努力をおしまず店を守り日々の研鑽を積み重ねてんだ。 俺は一体なんなのだ。 暗い部屋の片隅にパソコンを置いて、そこからの眺められる世界がリアルな実体なのだ。 何んにも生産していない俺。 ああ嫌だ、嫌だ。 もう出よう、俺の居るところじゃねぇ。 誰ともつながらねぇ。 できることなら、俺だって世のため人のため何にかをやりたい。 ケチつけたり、せっかく飲みに来た店のアラをさがしたり全く不健全なこととわかってるんだ。 バサラってこの店にうらみつらみがあるわけではないが、この幸福な店の風景が俺にはなじめない。 評判の良い店に行って、欠点を見つけ一刀両断にその評判を切りさく。 そのありさまをネット上に投稿する。 俺はさとられない。 俺を知る者など誰もいない。 ほんの少しの悪戯、ほんの小さな日陰者のニンマリ、今夜はこのくらいで終る。」 世界は色々な人々でみちあふれている。 だから酒場も同じように嫌なこともある。 幸福も笑いもある。 善良と正義だけの世界なんてつまらない。 悪と裏切りとしみったれた皮肉。 「あのー、このヌカヅケしょっぱいんですけど!」 顔がみえるヒハンは全身で受け止めるゾー。 陰湿なケチや物かげにかくれて悪口雑言をたのしむのはやめろ。 気に入らねぇことがあるのならオモテに出てきて、俺の顔をみて語ってくれ。 2019 平成31年 4月28日 大澤 伸雄 |