良風俗界的不良老人

 若い頃、東宝映画の社長シリーズに大いにはまった。
 モリシゲ社長の軽妙なセリフまわし、ちょっと目くばせしただけの愛くるしいエロチック。 秘書をだまくらかしてうすあかりがともる、むせかえるような女の部屋にもぐり込む。 ようやくのこと、その女の白い肩を引き寄せるところまできたのに、またしても
 「社長! たいへんな事が起こりました。」
と、不粋な小林ケイジュ秘書が乱入してくる。
 モリシゲ社長の花咲く性の宴はいつも とばくちでしなだれてしまう。 あわれにもモリシゲ社長のささやかな夜の夢は未完で終る。

 道徳、そんなものはけちらせと勢いづく老人がいたって、いっこうにかまわない。 むしろ世のお面白さおかしさから思うと、遊興に積極的に立ちむかうおとしよりはたのもしいくらいだ。

 その日は土曜日で、かなりのお客さんでにぎわっていた。 店の外に男2人が入ろうか、どうしようか迷っている。
 さんざん迷って二人の男は意を決して戸を開けた。 じゅうぶんにお年で80才も半ばと見える、後には伴の者をしたがえ堂々の参上といった風だ。
 「いい雰囲気じぁねぇか、俺の見立てたとうりだ。 なあ いい勘してるだろ!」

 モリシゲ社長にくらべ少々落ち着きに欠ける。 が、やる気満々のエネルギーをみなぎらせ 伴の者に注文をせかせている。 白髪が美しく肌もツヤツヤだ。 いつもいいものを食べ、高級純米酒だけを飲んで楽してるんだろうなあと推察した。 ところが昼日中の1時から酒を飲んでいると言う。 伴の者の眼は少しゆるみ すでに力がない。

 「ようこそ、こんな むさくるしい店によくいらっしゃいました。ありがとうございます。」
 「いやぁ、いいねぇ、たまにゃあ こんな店も気分が変わるよ。」

 俺のへりくだり作戦はかんたんに無視された。 まあ、そのうちなんとかなるだろうぐらいの気持ちで お二人にはしばし いていただいた。 「少しの騒々しいお喋りを耐えて。」

 だがお喋りはやむことはなかった。
上品な白髪老人と伴の者は料理にハシをつけない。 コップに注がれた酒はそのまま。 ただ語る言葉は生き生きとはずんでいる。

 モリシゲ社長だったらお酒を飲んでる処で政治的なお言葉を述べるなんて不粋はしない。
 「夏になるとヤスクニは行かねば・・・」
 「コウキョはマラソンするところか!」
などと、少し方向がまよって行くのに 伴の者は反応できなくなっている。

 いやだなぁ、民族だとか国家だとか、そしてヤスクニやコウキョなんて単語をもちだしてきて、「俺は愛国者だ」なんて言ってはいけないよなぁ。 うすっぺらな愛国者って思われますよと言ってやりたかった。
 しかしである。 お年寄りの自尊心はうちくだいてはならぬという崇高な信念が俺をつらぬいている。

 やがて話題は金銀財宝、書画骨董の宝物自慢へと移行転廻されるに及ぶ頃、伴の者は半睡状態となり、話し相手をもとめて右・左と人を物色し出した。

 「先日、俺は銀座の三越で純金製の仏像と純金のオリンを150万円で買って来たんだ。」
 なんだ たったの150万なんだ。 たいしたことねぇな。 と、いくら俺が貧乏してたって、そのくらいのはったりはかませるぜ。 だけど150万円という具体的な金額をおっしゃるお年寄りが急に下品に見えてきて、俺は崇高な「年寄りの自尊心を・・・」という信念をすてた。

 「三鷹あたりのしがない飲屋で口角アワをとばしてるのはもったいない。 どうぞ銀座あたりにふさわしい高級店でおたのしみ下さい。」
 「そうか、俺にのませる酒はないということか!」
 「そうです。 これ以上のむのはあぶないです。」
 「俺は酒のことで人からさしずを受けたことはない。俺は客だぞ。いくらだ。」
 「二千円です。」

 ああ、又してもお客さんをおこらせてしまった。 公序良俗に己をはめこむなんてことはしなくてもよいけれど、年寄りになると急に気持ちがコウチョクして どうにも切り換えがうまくない。
 相手の白髪老人に対するより 俺自身の心のこわばりがどうにも気にかかるのです。

  
  追記 白髪老人騒動の隣に居合わせたSさん、ご迷惑おかけいたしました。
 

                      

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