Wall(壁)

 壁と言われてすぐに連想するは その昔の東西を隔てていたベルリンの壁だ。 アイガー北壁は地球規模の壁だ。 パレスチナとイスラエルのいつ果てるやも知れぬ戦いの地に嘆きの壁だ。 網走の番外地には「ムショ」の壁が冷たくそびえる。
 壁は人間をこばむ。 よせつけない。 はじきとばす。 そこにちぢこまっていろとばかりに冷酷でいぢわるだ。 どうしても壁に対して人類は友好的になれない。 いや、壁に対して暴力的で破壊的になるのは人間の性だ。 壁とは突き破るものである。

 実は1月ほど前にバサラの表側、全面ガラスの木戸でつくられているおもむきのある風情が半分、コンクリートの厚い壁で覆われてしまったのだ。

 なぜか。 建築基準による法的強制、耐震補強しなければならぬという法律。
店の前の大通りが避難道路に指定されているということ。 などなどの法的強制によって間口のこの広さは危険と認定されたのである。

 外に降りつもる夜の雪景色と熱燗の酒。 春、桜散る夜桜の浮世酒。 新緑の頃はガラス戸を全面開放して、緑の風と車のにおいの混濁に酔い痴れる。
季節、折々の店の風が そのコンクリートの無粋で無機質なそいつ(壁)によって、さえぎられてしまった。

 頑丈な壁が完成した時に、工事を監督した建築士が、ビル全体にとけこむように壁をタイルなどによって美しくレトロな感傷的装飾をいかがですか、と来た。
 何にも手を加えないでくれ。 この無粋な壁、法律によってつくられた壁、税金の無駄遣いによって作られた壁、憎しみの壁、そしてナンセンスの極みの壁。 それらもろもろ念じつつ、俺はバサラの壁の前で徒手空拳の舞を踊るのである。
もちろん、その後にはピンク・フロイドのWallが鳴りひびく。

 ああ 猛暑の八月、はやく去れ。

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