ある日、可憐な花のよう、おぼしき若い乙女二人が来た。 席に座るなり、いきなり 「今日の一番のオススメは何ですか!」 ときた。 店側にとって、こんな無礼はない。 初対面の人に対して 「私はエライのよ。 だから一番オイシイものを出してちょうだい。」 と言っているのとまったく同じことだ。 この可憐な花おぼしき娘達は、残念ながら乙女ではなかった。 どこか男なれしていて、自分が若く、キレイ(ウヌボレ)を自認し、周囲もそれを受け入れるだろうと思いこんでいるふうなのだ。 俺は意地悪がムラムラと湧きあがった。 ふだんからのブッキラボウが高密度のブッキラボウに倍加して 「ぜんぶ、オススメ!」 と投げ返してやった。 娘二人は素頓狂な顔つきになってだまった。 可憐な花は生気を失い、チヤホヤされることになれきっている甘ったるい心はしぼんだ。 たまたまのこと、田畑先生がいつもの席で飲んでいた。 ニコニコしながら、その娘達にメニューを手渡しながら 「この中をよく読んで、飲みたいお酒と食べたい物を探し出すんだよ。 何だってオイシイんだ。」 ついでに 「自分で考えることが大事なんだ。」 その優しいアドバイスに助けれられた娘達は、しばらく店での飲み食いを過ごした。 隣りの田畑先生はひとり言のようにつぶやきながら娘達をさとしていた。 「ここのオヤジは時々口が悪くなるんだ。 正直だから気持ちが出ちゃうんだ。」 「若い人はいいなあ。 色々な場所で色々な事を経験して、色々学ぶんだよ。」 「三杯飲んじゃった。 もう一杯飲みたいけど、オヤジがにらんでるからこれで終わるわ。 また会おうね。」 ひとり言の田畑先生を ただ怪訝にながめるだけで、二人の娘はその人物の何たるかを推察するには知力が全くないふうであった。 そろそろ90才にならんとして、「死の準備だ」 と言って、先日は50年物の梅酒をくれた。 青磁の器もいただいた。 愛妻と死別して10年はたつ。 千葉大学を退官されて5年、今、最大の仕事は部屋の片づけだと、汗を流してはバサラでビール一杯、酒三合を楽しみに来る。 一番の親友、田畑先生が俺の今日この頃だ。 常々、どのような方、どのようなお客さんにも平等でありたいなあと思っているのに、好きな人、嫌いな人、どちらとも言えない人、抱きしめたいほどの人、おびただしく色々だ。 平等は大原則だ。 だけど、田畑先生と男なれした可憐な乙女おぼしきを前にしたら、やっぱり俺は90才を目前にした男に心を寄せる。 実に平等は困難だ。 お袋と別れて1年になる。 もっと老人に優しくしてやれたらよかったのにという反省がよぎる。 田畑先生は来るたびに「お母さん元気か。」 と言い続けてくれた。 |