いただいた手紙はこんなものでした。 『先日は大変 破廉恥なことをしでかしてしまい まことに申し訳ありませんでした。 あの日は、大学の仲間と三鷹に集まって飲むことになりました。 仲間のひとりがネットで探し出した高級割烹の店でワイワイとやりました。 高級と言っても、店はうるさく落ち着きのない、僕等のようなそろそろオトナにならんとする者には少し物足りませんでした。 そして料理の味もメリハリがなくて、この程度なら僕でも造れると思いました。 まあ、いいや、酔ってしまえば寛大になろう、の心意気でした。 女にもてない理系の男達と見られたくないから 僕達は情熱的労働についてを大いに語り合いました。 人類に限りない幸福をもたらす技術を開発するのが僕等の使命なのだ! などと声高らかに宣言したりしました。 その頃には家に帰るべき程に酔っぱらっていたのです。 ところが仲間のひとりが 「三鷹で一番有名な飲み屋に行こうよ!」 となったのです。 一番有名という魔力的かけ声に僕は弱いのです。 平凡で当たり障りのない人生を生きている者にとって、一番有名とか、一番美味しいとか、一番強いとか言われると、もう そちらの方に全身が吸い寄せられてしまうのです。 という訳で、僕等4人が婆娑羅に行ったのです。 有名な店に来たという高揚感よりも、なんだか随分地味で時代から取り残されていて可哀想だなぁというのが印象でした。 僕は冷たいお酒をもらいました。 その酒がスーっと喉を通って体の隅々にまで流れて、酔っぱらっている体をより深く包み込んで行くのを感じました。 でも、そこまでで、そこからは何にも覚えていません。 内側から鍵をかけ、トイレで2時間近く眠ってしまいました。 店のお客さん達は駅のトイレまで行って用をたしていました。 何人ものお客さんはいそいそと帰ってしまいました。 週末の忙しい時間帯、営業を停止して灯りを消して店じまいをさせてしまいました。 友人達は一生懸命ドアをたたいたり、携帯を鳴らしたりして起こそうとしていましたが、僕は反応せず ひたすら便器に座って眠ってしまいました。 ああ、僕はなんてことをしてしまったのか。 たとえ小さくて、地味で、時代から取り残されている店だとしても、営業を妨害してしまったのだから。 後日、僕は虎屋の羊羹の詰め合わせを持って あなた様のもとへと向かいました。 あなた様は僕の父と同世代、きっと全共闘世代だから、気難しくて、口うるさくて、身勝手で、頑固で、などと想像しました。 僕は犯罪者なのだから、殴られても、罵倒されても、賠償要求されても受けよう「の」覚悟であなた様の前に立ちました。 あなた様は開口、夜遅くに遠くから御苦労さん と言ってくれました。 僕の差し出した虎屋の羊羹の詰め合わせを「あずき大好きだから もらっておくよ」と言ってくれました。 「君が来てくれて、胸の内がスゥーとしたよ。」と言ってくれました。 「これで終わりにしよう」と言って店の奥に消えてしまったあなた様を見ながら、僕は涙を止めることが出来ませんでした』 |