桜は近い。 だが、 春の暖かさがあると思えば、いきなり寒風が吹く。 春は人間を愚弄するから大嫌いだ。 光と風と寒さが入り乱れて人の心をもてあそぶ。 そんな春の乱調にそそのかされた訳ではないが、おおよそ行くことはない、りんかい線の東京テレポート駅に行った。 ゴミの埋立地をかって夢の島と言っていた。 夢の島は整備され、未来都市へと変貌し、巨大なビル群が立並んでいる。 とってつけたような、ショッピングモールがある。 いい年をした男には無理な場所である。 だが、俺は今日、神様に会いに来たのである。 神様は気紛れにこの未来都市に降りたった。 未来都市にあるZepp東京というホールで集会をお開きになるということだ。 そのお方の名前は ボブ・ディラン。 かってお台場は外国船を迎え撃つために幕府が築いた大砲の陣地であった。 その地でフォークの神様と呼ばれた男は大砲の爆音よりも、もっと激しいロックの爆音を打ち鳴らした。 齢い70にさしかかる老境の男は最後の徒花を咲かすかのように激しい音の洪水をぶちまけた。 観客席はどよめいた。 「何だよ。神様、はなしが違うだろ。」 「俺達、こんな音楽のために来たんじゃねぇぞ」 そんなことあ、知ったこっちゃねぇ、とばかりにギンギンのロックン・ロールが激しく渦巻く。 過ぎ去りし青春の甘美で苦い素朴なアメリカ音楽を期待した方々は途方にくれた。 もはや、なすすべがない。 俺は心をあずけていた。 近年のアルバム数枚を聴き込んでいた。 音楽の方向は充分に理解していた。 神様はよりお元気になられ、見るものを挑発し、奮い立たせ、人々に讃歌を送る。 老いて増々、変貌をとげていくディラン様に、俺も又讃歌をささげたい。 盛りを過ぎてしまったアーティストが、昔のヒット曲を後生大事にぶらさげてオールドファンにサービスするわびしさを思うと時、 “ああ、ボブ・ディランよ お前は、一体 どこへ行こうとしているのか。” と、凡庸なる者はつぶやくのである。 |