“2009年 最後の大真面目”
「天の戸」は時折に使う酒だ。 堂々たる秋多弁のその人は、「浅舞酒造」は生まれ育った田舎の隣にある造り酒屋だといった。 だから子供の頃から慣れ親しんだ酒の味だからよく知っている。 この店の「天の戸」は本物だ。 嘘ついちゃいねぇ。 てなことを先日、ひとりの客から賜わった。
浅舞酒造は秋田県の横手市にある小さな造り酒屋だ。
丁寧に造られた素朴な酒だ。 そして、加えて、酒米の履歴まで酒の瓶の裏にしっかり貼られている。 偽装などという低俗な会社とはおよそ無縁な酒屋なのである。 俺は意地悪をして、そのお客さんに尋ねた。
「偽物の天の戸を飲んだことあるんですか。」
「10種類くらいの酒が冷蔵ショーケースに並んでいて、俺は故郷の酒だから『天の戸』を出してもらった。 そしたら、その酒がくさってるんだ。 俺の口は騙されねぇ。 何てったって子供の頃から知ってるし、村の寄り合いじゃ『天の戸』以外の酒は出てこないんだから。」
俺は深く頷いて、いつかあった、ある店での苦い思い出が甦ってきた。
その、ある店はかなり値の張る店だ。 料理もしっかりしている。 でも、あたりを見回すと酒(日本酒)を飲んでいる客が殆どいない。
ビールやら焼酎やら何とかサワーといった類のものだ。 しかし、飲物メニューを開くと実に10種類以上の銘柄が名を連ねている。 当然、俺は疑念を抱いたが、「この店で一番に飲まれている銘柄の酒はどれですか。」と尋ねてみた。 「八海山ですかねぇ」と頼りにならない返事だったが、俺はよく売れているなら、いつも新しい酒だろうと、「八海山」を頼んだ。 残念ながら「くさっている」とは言わぬが味がひねてしまい、糠臭いのである。
俺はロック・グラスをもらい、オンザロック八海山を無理やり喉に押し込んだ。
こんな苦い経験をさせられたら、誰だって二度と八海山を飲まなくなる。 これから、日本酒と仲良くお付き合いを試みようとする若者は確実に離れていく。 俺は沢山の銘柄を揃えて自慢をしているような店では純米酒は飲まない。 一合瓶であれば、黄桜、大関、沢の鶴でもよい。 そこには裏切りも偽装もない。 適正な値段に適正な味があるからだ。 俺の知るところでは四種類の日本酒を常備している店があった。 4銘柄すべてを飲み合点した。 その店はビール以外、焼酎、サワーの類はない。 あくまで日本酒を売りの柱にしている。
婆娑羅では、一の蔵と毎月変わる純米酒の二種しか日本酒はおかない。 いつも味のよい、新しい酒を出したいからだ。 不満顔の客が苦言をよこす。 「どこそこの何とかとかいう純米酒おいてよ。 きっと売れるよ。 俺もしょっちゅう来るからさ。」と言って、そんな客はたいがいそれっきりなのである。
実直、丁寧、慈しみを込めて仕上げる地方にある多くの造り酒屋の努力を、くさった酒は平然と踏みにじる。 そのような酒は売ってはならぬのである、 冷蔵ショーケースに入れておけば大丈夫という安易を悔い改めて欲しい。
俺と同様の経験をされた方、沢山いらっしゃると思いますが、いやな想いを抱いて店を出るのではなく、店のため、そこの主人のため、「このお酒、味が変になってるよ」と、ひと言の口添えは、日本酒文化を下支え出来る我等が使命だと考える。
2009年もあと数日です。 一年間ありがとうございました。
30日まで営業、新年は5日から始業です。
寒さがつのるとともに、ますますうまみを増す 皮ハギと安キモ。
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