2008年 世界金融危機

「社長!(俺のこと) お客さんもしっかりついてきてるし、売上げも順調に上向いているのだから、もう一件店を出しましょうよ。 融資の方は大丈夫ですから」 と、まだ借入金が充分残っている時だった。 銀行の営業マンの誘惑が再三に渡ってあった。 俺も有頂天だった。 その気になって物件を探し始めた。 その最中、当てにしていた一番の弟子に辞められてしまった。 だから二軒目の店を出す話はそこで頓挫した。

「大沢さん!俺、今度BMW買うんだけど、今乗っているベンツ安くするから乗らない?」 その頃、飛ぶ鳥を落とす勢いのアパレル業界で闊歩していたその男は、宮田の自転車で買物に飛び廻っている俺を同情してか、俺にベンツを買える小金を持っているだろうと探ったのか解らぬが、おおよそベンツなど不似合いな俺に的外れな話を持ち込んだ。

 それも、あの時代なればこそか。

 そんな時代に経済界の偉い人で、三菱金属という会社の社長で永野さんという人がいた。 「モノ造りの会社はモノを造ることで生き残って行く事を考えるべきだ」 と極めて単純で当り前のことを声を大にして懸命に説いていた。

 土地を転がし、金を流動させ、本業を逸脱していく会社が沢山、沢山あった。 だから俺はその頃、この永野さんの指針に従った。 「うまくて安いものを出そう。 安くてもうまくなくてはならぬ。」 と心に誓った。 身の丈に合わぬ借入れをして店を拡大するのは止めにした。 俺のバランスシートは小さくても濃密な力を内に蓄えよう。 俺は縁もゆかりもない、まったく遠い永野さんから経済のうねりの中でも生き長らえる知恵をいただいた。


 果たして、あのバブルは神の見えざる手による経済現象だったのか。 あまりにも見事な株価や土地の高騰があおられ、その後、短期に下落、転落していった日本の経済、何にか巨大な策謀がはたらき、米国の国家戦略の餌食にされた感じが俺の頭の片隅から消えない。

 俺にはグローバルな経済の仕組などちっともわからないが、今回の金融恐慌は阿漕な金儲け野郎達に天誅が下ったようにも見受けられる。 だが、その弊害は我々民草にまで確実に襲って来たのである。 他人の金を操って博打に近いヘッジファンドに投資して金を儲けていく。 俺なんぞ全くの無縁だから、ダイナミックに巨額の金を動かす連中に少しばかりは妬みがある。 人間の持つその妬みが人を金儲けへと駆り立てる。 今年の秋のガソリンの高騰ぶりは異常であった。 強欲な投機マネーが集中し、どしどしガソリン価格を跳ね上げた。 そのくらいは俺にでも察しがつく。 そして、ガソリン価格は再び下落していく。 神の見えざる手ではなく、人間の妬みと深き欲望に世界が狂騒してしまった。 ああ、早く沈静化することを願うばかりである。


≪追記≫
 11月23日、「バンク・ジョブ」を観た。
 本年度の最高の映画であった。 深い幸せに酔いしれている。  1万円出しても観るべきだぞ!


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