アナログ男の行く末は。

 その日に 入荷する魚などを 書きつけている黒板、 表面がやせてチョウクの のりが悪くなった。 新しいのを探しに行ったが ない。 あるのはホワイトボードばかりで 最早 その時代ではない。 だが黒板にこだわった。 チョウクで気持ちをこめて記すのが すきだ。 吉祥寺の文具店、事務用品店を めぐり探した。 ようやく めぐり会えたのは 街のはずれの 明日にはなくなってしまいそうな 文房具屋だった。

 ひと休みのつもりで クラッシックという名の 喫茶店(コーヒーショップではない)に入った。 いきなり荘厳な混声合唱が 鳴り響いた。 バッハの ロ短調ミサ だった。 幾重にも 幾重にも音が積み重なって どんどん 天の高みにむかっていくような 崇高な 心持に導いてくれる曲だ。 
 壁に眼をやると 演奏中のジャケットが かかっている。 それは、CDではなく レコードのジャケットだった。 加えて そのレコードを再生している装置は めったに お目にかかれない 真空管のアンプであった。 じゅうぶんに 活躍している。 俺のようだ と 悦に浸った。

 市場からの帰り 車のラジオから 86歳の春日さんの 声が聞こえて来た。 この方は オーディオメーカーの トリオ という会社の創業者で 現在は ケンウッドになり 春日さんは そこを退かれ アキュフィーズという オーディオ専門の会社をやっている方です。 若い頃 8年もの間 結核と闘い たいへんな苦労をされた。 その方が 生涯で最も好きだという曲をリクエストされた。 スペインの偉大なる チェリスト 故パブロ カザルスの 鳥の歌 であった。 私も 20代の頃に 出会ってから ずっと聴きつづけている。 
 スペインのカタルニア地方の民謡であるこの曲を カザルスは ホワイトハウスで ケネディ大統領の前で 平和への祈りをこめて うなり声をあげながら演奏した。 86歳の春日さんが この鳥の歌を 生涯の名曲としていることに ああ、 同じ魂を共有している と 勝手におもいこみました。

 ついでに もう一つ
 谷中に墓参りに行った。 その帰りに 鶯谷に下りた。 鍵屋 という居酒屋によった。 昭和の初め頃から 飲み屋をやっている店だけに 店内 いたるところ いたるもの 文化財のようで いぶし銀である。 だが それを売り物にしていない。 ゆっくりと うまい燗酒を呑み 鳥のモツ鍋をつまみ ゆたかで しずかな このうえのない 幸福を味わった。

 なんという アナログな一週間だったことか。 懐古主義を売り物にするような うすっぺらな根情は 大嫌いである。 どうも この俺は 生き方の結果として そうなってしまう。 時代と同じように 生きる必要はないと思うが デジタルな時代に アナログを大上段にふりかざす 愚か者には なりたくない。


 末は 30日まで 初めは4日から 働きます。

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