昨夜の酔客

 その男、サービスクーポン券を手にして入って来た。 満面に笑みをたたえ、してやったりという顔つきで。
 先日、店の広告を若者向けの情報誌にのせた。次第に年齢が上がってきた客層に、すこし若者の客を取り込んでいこうという心づもりだ。 何もしないでもお客さんがきてくれる時代ではない。 ところがである。若者ではない10年以上も婆娑羅にかよっているその男にクーポン券を使われたのである。 
 「婆娑羅までがこのような安易な宣伝広告に魂を売るのか、、。」とその男。 的を得ているから返答に窮している私。 「本日はクーポンを使わしてもらう。」と高らかに笑うその男。 やられた、こともあろうに、とつぶやく私。
 その男、初対面の時、しめさばを2度注文した。 だから、私は他にも美味しいものがあると親切に親切にたしなめた。 すると、その男 3度目のシメサバを注文した。 それほどまで婆娑羅のシメサバにほれこんでくれたと、うれしく思った。 しかし、それは私の大いなる誤解であった。 3度の注文にこめられていたのは、その男の偏屈な心と邪まな攻撃であった。 以来、その男がああ言えば、私はこう言う。 その男がこう言えば、私がああ言う、という対立構造が出来てしまった。
 二人の間に妥協と譲歩はなじまない。 言葉のテロと味覚のだましあいである。だが、私には深謀遠慮の秘策がある。 この男には、これからも末永く、うまいシメサバとうまいイカワタをたっぷり楽しんでもらう。 やがて、尿酸値が上がり、コレステロールが上がり 痛風に苦しむ時がくるであろう。 その時、飲食がおもうにならないその男の目の前に、素晴らしいシメサバとイカワタをみせびらかして、高らかに笑い、勝ち誇るのである。  いまのところ、クーポン券をつかわれた分、負けているが、、、、。  

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